そぞ録゙

批評家になりたいわけじゃない人の作文練習です。

ユースフル義経千本桜

義経千本桜』というお芝居があります。

私の大好きな演目ですがめちゃめちゃ長いお芝居です。

 

 

 

話の始まりは、屋島の戦いで平家が滅亡した後のこと。

義経」千本桜とは言いながら、義経はそれほど出てきません。むしろ義経が出てこない段も結構あります。

 

討ち取られた平知盛平維盛平教経の首は偽物だった。

史実では亡くなったとされているが実は生きていた知盛、維盛、教経をメインに描いたお話です。

 

 

今日は平知盛のお話をしたいと思います。

 

知盛は、二段目の「渡海屋・大物浦の段」の主人公です。

 

落ちのびた知盛は渡海屋の主人銀平として、女房のお柳に身をやつした典侍の局とともに、同じく娘お安に身をやつした安徳帝を守っています。そこへなんと、義経一行が船に乗るためにやってきます。これまでの源氏への恨み、平家の再興をかけて義経一行への奇襲を敢行します。知盛の運命は…!?

 

ってな感じのあらすじなんですが、私はこの演目が大好きです。大好きとは言っても、生で観たことがあるのは染五郎丈の知盛に、猿之助丈の典侍の局という座組のものを2回だけ。

 

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映像では吉右衛門丈の知盛に雀右衛門丈の典侍の局の座組を1度観たくらいであります。

 

 

歌舞伎公演ではありませんが、木ノ下歌舞伎という劇団の「渡海屋・大物浦」を観たこともありました。一部現代アレンジを加えながら、ここに至るまでの平家の栄枯盛衰をわかりやすく上演してくれているものです。

 

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 なかなか大時代の話だし、言葉も多少わかりにくいですが、内容がわかるとすごくドラマチックな演目だと思うんです。

 

今月は、その「渡海屋・大物浦」を2度目の座組で観てきました。

 

 

 昨年6月には源義経を勤められた尾上松也丈が、今月は主人公の平知盛を勤められています。

 

初めの渡海屋での一番好きな場面。

寝ているお安を跨ごうとする武蔵坊弁慶中村歌昇丈。

するとにわかに足が攣ってしまうのです。弁慶はここで何かを感じ取りますが、女房たちに不思議そうな顔をされると「いやあ小さくても女の子だな!」と誤魔化すようにして部屋を出るのですが、完全にフラグですよね。ビンビンです。

全てを察していた義経の指図で弁慶はこんなことをしたのですが、もうここから何か起こるっぽい感じビンビンなのが露骨に好きです。

 

 

銀平女房のお柳が義経一行に「うちの人(銀平)は天気を見る名人なのよ!この間もこんなことがあって云々…」とベラベラ喋り倒す場面があるのですが、ここの場面もとってもキュートで大好きなのです…!

お柳(実は典侍の局)中村壱太郎丈が勤められていますが、先月の傾城反魂香での女房おとくがかなりハマっていたので楽しみにしていました。

やはりお茶目な世話女房っぷりが素敵だったし、超ドライ対応な義経との温度差も最高でした(笑)

 

この源義経ですが、普段は女方を多くされている坂東新悟丈が勤められています。

義経千本桜』でも「川連法眼館の場(四の切)」や、『勧進帳』なんかの義経は、私の中では「儚くて美しい」イメージがあるので、女方さんがされるのもわかるけれど…

新悟丈も立役をされることはありますが、私のイメージでは「ナヨナヨした和事みのある二枚目」だったので、「渡海屋の義経じゃもう少し男らしくないといけないんじゃ…!?」と少しドキドキしたのですが、全くの杞憂。とってもかっこよくて男らしい大将でした。

 もちろん、強くて男らしいだけではない影の部分も必要だと思いますが、そのへんの儚さはデフォルトで備わっているので心配は無用です。

 

 

続いて、渡海屋奥座敷

出で立ちも改めた典侍の局安徳帝。その他官女たちが心配そうに知盛たちの戦況を案じているところです。

 

そこへ、ご注進の相模五郎がやってきます。義太夫に合わせてテンポよく踊りますが、内容は吉報ではありません。平家の劣勢を伝えに来ているのです。後に続く入江丹蔵も斬り合いの末に敵もろとも刀に刺さって入水します。

 

相模五郎と入江丹蔵は、中村種之助丈と尾上右近丈が勤められています。

渡海屋の場面でやいやい言っては銀平にこらしめられ、投げ出され…魚づくしの可笑しくて可愛いコンビは、実は奥にいる義経たちを油断させるための自作自演だったのです。

滑稽で愛らしい2人の壮絶な最期ですが、かっこよくて好きな場面でもあります。下手側の席だったから、よく見えてよかった!

 

このご注進を見るたびに少しずつ局の顔に諦めの色がさしてくるのが心が痛い…

 

 

もう後はない、源氏に滅ぼされるなら自ら海の底の都へ行こう、とこの世へ暇乞いをする幼い帝が泣けます。

帝が、神のいる方角と仏のいる方角に向かい

「今ぞ知る みもすそ川の流れには 波の底にも 都ありとは」

と立派に詠むと、こんな立派な歌を宮中で詠んだならどれだけみんな喜んだろう!と一同が嘆く様子がさらに悲劇的です。

 

いざ飛び込まん、ってときに典侍の局の言う八大竜王、恒河の鱗屑、君の行幸なるぞ、守護し奉れ」に号泣。今まで気にしたこともなかったのに。

それまで帝を優しく見つめていた局が、あろうことか神に向かって強気の言葉。

典侍の局は帝の実母ではないし、知盛の妻でもない。八十一代天皇 安徳帝の乳母であることの誇りと気高さを感じたのでした。

 

結局、局と帝は源氏方に止められ入水はせず。

 

クライマックスの大物浦です。

痛手を負って息も絶え絶えの知盛ですが、義経を目の前にして絶対殺してやると何度も立ち上がります。義経が「安徳帝はしっかりお守りするから安心しろ」と言っても、そんなのは当たり前だ!恩に着せられるいわれはない!とさらに腹を立て、弁慶が首にかけた数珠も引きちぎります。

 

が、帝の「朕を供奉し永々の介抱はそちが情け。今日また我を助けしは義経が情けなれば、仇に思うな、これ知盛」の一言で知盛の義経への、源氏への恨みの連鎖が断ち切れるのです。典侍の局もまた、その言葉を受け入れ、自害します。ここの壱太郎丈の散り際が本当に美しいんだ。それまでも何度も出てきた義太夫「うちまもり」って詞がぴったり。優しい目で帝を見つめてから息絶えます。

 

安徳帝、ほんとに物語に大事なことばかり言うんです……

 

あんなに源氏への報復しか考えられなかった知盛が「昨日の敵は今日の味方」と、自分の命より大事に守ってきた玉体を義経に預けることができたっていうことこそが、知盛が平家の呪いみたいなものから解放されたってことなんじゃないかなあ。と思うとこれは知盛の悲劇でありながら、知盛があるべきところに還れたのかもしれない。少しだけ救いがある気もする。

 

崖をのぼりながら義経と交わす「さらば」には心なしか友情すら感じられました。

父清盛の報いを受ける知盛。実の兄頼朝に追われる義経

きっと一本気で真面目で熱くて実直だったんじゃないかな、知盛。出会う時代が違ったら、違う出会い方をしていたら、もしかしたら義経と知盛は強い仲間になっていたかもしれない、と「さらば」の一言から感じたのです。

 

 

さてこの花形歌舞伎の筋書、歌舞伎初心者が来ることも想定してか人物相関図なるものがついていますね。私は登場人物が多いとすぐキャパオーバーになるのでありがたい限り。

 

ここで、言われて気づいたのですが、知盛と安徳帝叔父と姪の関係になるのでしょうか。血縁がある…?

ずっと「ただの主従関係」だと思っていたので、随分今回の知盛は未練があるなあと思ってたんですが、そうだとしたらなんだか少しわかる気もしますね。

 

 

私の大好きな義経千本桜  渡海屋・大物浦』のお話をしましたが、これに限らず、若手の公演のしんどいところって、役の年齢と実年齢が近いところにあると思うんですよね。

 

以前は中堅の花形世代のを観ました。今月観た座組より一周りは上の世代です。来月は人間国宝レベルの座組を観る予定です。

 

もちろん経験値も違えば安定感も変わってきますが、同じような年齢の役を同じ年頃の役者が演じることのリアリティーってなんとも言えなくて好きです。

 

平知盛は34歳で亡くなったと伝えられています。知盛を勤められたのは32歳の尾上松也丈。

源義経も30歳に亡くなっているので、きっと20代の頃でしょう。坂東新悟丈は26歳です。

 

典侍の局が8歳、9歳の安徳帝の乳母をしているということは、自身にも同じ年頃の子どもがいたのでは…?想像ですが、今より適齢期が早いことを考えると、同じく26歳の中村壱太郎丈と同年代と考えてもいいのではないでしょうか。

 

今より寿命が短いとはいえ、まだ先のある若い命がぶつかり合う大物浦がまるで身近にあるような気持ちになるお芝居でした。

 

 

大好きな義経千本桜』の一部について、先日観劇した大阪松竹座のお話をしましたが、長い長い狂言です。

 

「頼朝を討て」との院宣が隠された鼓をめぐるお話や、他に落ちのびた平維盛や平教経のお話もあります。

 

それこそ役者さんやそれぞれのお家によって、演出に特色があったりする場もあってとっても面白いですし、何よりストーリーがとってもドラマチックなので機会があればぜひご覧ください。

 

 

 

ツチカワ